「Dr.U(ドクター・ユー)」「ドクター・ジャズ」こと内田修は、1929年(昭和4年)10月5日、愛知県岡崎市に産婦人科医院の二男として生まれました。
 戦後間もない中学生時代、受験勉強の真っ最中にラジオから流れてきた「進駐軍放送」のジャズを聴き、4ビートのリズムに身体が自然に動き出す不思議な気分を体験しました。
 高校入学後、しばらくは映画やクラシックにのめり込みましたが、名古屋大学医学部に入学(1950年代初め)後、当時名古屋にあったアメリカ文化センターの図書館で英語の勉強と思い借りた本『ジャズ』(ロベルト・ゴーファン著)の中の一節、「ジャズは指ではなく心の音楽である」「ジャズの生命は優れた即興演奏にある」を読み、ジャズに興味を覚え、はじめて見るミュージシャンの名前やレコードタイトルを手書きで何冊かのノートに書き写すほどでした。

 ジャズに興味を覚えた内田修は、岡崎のレコード店「フカヤレコード」で『ジャズの歴史』(SP盤12枚組)を見つけ、母親に手を合わせ何とか購入しました。「内田修コレクション」の第1号となるこのアルバムを1年間、手回しのポータブルプレーヤーと竹針でレコード盤がすり切れるほど聴きました。このアルバムは、〈ディキシーランド・ジャズ〉、〈スイング・ジャズ〉、〈モダン・ジャズ〉などが同じ比重で構成されており、ひとつのジャズスタイルにかたよることなく、内田修独自のジャズに対するリベラルな視点、発想を持つ源となりました。ちなみにこのアルバムの価格は当時のサラリーマンの初任給ほどだったといいます。

 その後、名古屋の広小路通のレコードショップ「OKストア」で、黒人兵が踊り狂っている光景を初めて見て〈ビ・バップ〉を知りました。そこで鶴舞公園内にあった名古屋市公会堂のアメリカ軍のジャズクラブにもぐりこみ、レコードでした聴けなかった〈ビ・バップ〉をライブで体験し、内田修の「ジャズはライブ(生)で聴くのが最高」という信条を生み出す原体験となりました。


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