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ところで、最近は「音楽プロデュース」の仕事でお忙しいそうですが。

以前、岡崎で外科病院を開業する傍ら、名古屋のヤマハビルの音楽ホールで計150回のジャズコンサートを企画実現したことがあります。ここでのモットーは、前にお話した市内のジャズクラブの地道な活動と競合しない、ということでした。つまり、レギュラーグループはライブハウスにお任せして、極力そのコンサートにふさわしい臨時編成のグループをお招きして、オリジナル曲中心のプログラムでお願いしたのです。

外科医を引退後の第二の人生は、何とかこの体験を生かしたいと考えながら、少しずつ歩き始めました。そのひとつが、優れた新人のデビューCDを制作することで、幸い先に名前がでたケイコ・リー、綾戸智絵そして寺井尚子の第一作を世に送り出せたのは、私にとっては、この上なく幸運なめぐり合わせだったと、感謝の気持ちでいっぱいです。そして、これからも体力の続く限り、才能のある若いアーティストを探し歩く旅を続けたいと考えています。

その一方、これは名古屋でのコンサートの延長線上にあると思いますが、「ジャズフェスティバル」のプロデューサーとして、お役に立ちたいという希望です。ありがたいことに、2003年には第12回を迎える「浜松ジャズウィーク」でその望みをかなえさせて頂きつつあります。当初の8回は監修者として、第9回以降は、より若く有能な評論家の児山紀芳氏にその役割をお任せし、私自身は名誉顧問という名の影の協力者という最も望ましい役割をさせて頂いており、これが、何よりの生き甲斐となっているのです。終わりに、この「浜松ジャズウィーク」は、毎年6月中旬に多彩な企画で楽しんで頂ける筈ですから、どうか気軽に遊びに来て下さる様お願いしておきます。

本日はお忙しいところ、楽しいお話をお聞かせいただきありがとうございました。最後に、大先輩として、これから21世紀を担っていく後輩の岡高生にメッセージを。

前途洋々たる21世紀の担い手の若い皆さんに、教訓らしいものを申し述べるほどの先輩ではありません。単に個人的な体験からですが、真面目に本業をつとめるのは、当然なことで、その他に熱中できる趣味を持てたのは幸せだったと思っています。引退後の第二の人生を、心豊かに楽しむことのできることに感謝の気持ちで生きているからでしょうか。

ありがとうございました。


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