ジャズでわからないことは内田先生
 先生との出会いは、1960,1年(昭和35,6)頃だった思います。そのころ「コンボ」(名古屋の伏見にあり、石原裕次郎もわざわざ来たという幻のジャズスポット)の久野さんとよく一緒にお見えになりました。最初のうちは、なかなか話をすることができなかったんですが、少しずつお話をさせていただくうちに、ジャズについてわからないことは何でも内田先生にお聞きするようになりました。ジャズでもゴルフでもよく叱られましたけど…。でも、厳しくてもとっても面倒見のよい人ですよ。

ジャズに明け暮れた日々、
鈴鹿サーキット、岡崎の花火…

 先生との思い出でいちばん楽しかったのは、1970年代の「合歓ジャズイン」の頃です。先生もプロデュースしたコンサートで、日本のトップジャズプレーヤー達の先駆け的コンサートでした。コンサートも最高に素晴らしかったですし、何よりも、先生やミュージシャン30人くらいでホテルの部屋を借り、ジャズに明け暮れ、ゴルフもみんなでやったことが一番の楽しい思い出です。
 それと、先生が一時レースに凝っていた頃、鈴鹿サーキットにもよく応援に行きました。スカイラインに乗っていて、表彰台に立ったことはなかったと思いますが、けっこう速かったですよ。(内田氏は、日産のスポンサーがつくほどレーサーとしての腕前があった。)
 その頃は、岡崎にも週に一度くらい行っていました。一番印象に残っているのは、岡崎の花火です。サックス奏者の宮沢昭さんと一緒に見ました。すごかったですね、日本一だと思いますよ。
 喫茶店の「阿蘭若(あらんにゃ)」、「三徳屋」、小料理屋の「保名(やすな)」などしょっちゅう行きました。最近、岡崎の康生町の知っているお店がなくなってきて、少しさびしい気がしますね。

ジャズについて何でも聞いて
 「内田修ジャズコレクション」は、先生の長年の思いがつまったものだと思います。これからもジャズを広めるために活用されることを願っています。特に若い人たちにはジャズはむずかしく考えず、「聴けば楽しい」ものですからぜひ聴いてほしいですね。

 私の店は開業して、もう45年以上なります。日本中でもかなり老舗に入ると思います。アート・ブレーキ−、ロン・カーター、カウント・ベーシー、セロニアス・モンクもお店に来たことがありますし、ケイコ・リーさんも時々お見えになります。ジャズバーですが、コーヒーとホットケーキもおいしいですよ。いつも1960年代から70年代のジャズをレコードやCDで流しています。気軽にお越しいただき、ジャズについてわからないことは、何でも聞いていただければと思います。

 先生は私より4歳年上です。二人でジャズ界の「キンさん・ギンさん」となるようがんばろうと最近よく話をしています。

橋本 都直男(はしもと つねお)
名古屋で開業してから45年以上も続くジャズの老舗「JAZZ ASTER(ジャズ アスター)」のマスター。

ジャズ アスター
名古屋市中区新栄2-9-4
TEL 052(241)0793



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