山下洋輔氏・日野皓正氏
Y:山下洋輔氏
H:日野皓正氏
I:インタビュアー(岡崎市シビックセンター)
I:今日は素晴らしい演奏ありがとうございました。まず岡崎市制90周年記念「ヒルトップ ジャズフェスティバル」の演奏の感想からお願いします。
Y:とてもいい気分で自分も興奮しています。皆さんと一緒に素晴らしい時間が持てたと思います。
H:大きなところで、お客さんがあんなにいっぱい入ってやると思っていなかったから、すごく感激です。
I:ドクター・ジャズこと内田先生とのエピソード、また岡崎との関わりについて願いします。
Y:日野くん共々二十歳くらいの時にすごい先生がいると聞いていました。
そのくらいの時にジャズの好きな岡崎のお医者さんということで、知り合いました。
先輩に岡崎に連れられていかれるのが楽しみだったし、名古屋方面まで内田先生のお力があって、内田先生に呼ばれていく仕事がたくさんありました。岡崎は20年前の市政70周年の時もPANJAスイングオーケストラで来ていますが、たくさんの人数を呼ぶのは日本中どこでも大変なんですよ。
岡崎ができてしまうっていうのは影にドクター・ジャズのお力があるんだなと思います。
I:そして山下さんにお伺いしたいのが、内田先生の診察を受けられたジャズミュージシャンの方々をさして“オールスター患者クラブ”と命名されたと伺いました。その結成の経緯をお伺いしたいんですが。
Y:それを言えたのは、僕は実はクラブ員じゃないんです。
幸い転がり込むようなことなく、諸先輩方がいかに転がり込んだか、いかに良くして下さったか、というエピソードを聞いて、いちいち面白いので喜んでいまして、諸先輩方に何で入ったんですか?とか、あの人はいつ内田先生のところに行ったの?とか話を聞いて面白いなぁと思って“オールスター患者クラブ”と名づけました。僕は端くれです。
あっ、僕はね、ベルリンで大風邪をひいて死にそうな時に、ちょうど内田先生が来られいて、いろんな他の日本のミュージシャンを追っかけていて我々のところに来ていた時に、わざわざロビーに呼んでくれて、これを飲みなさい、これで治るよ、って薬を渡してくれた。あれは忘れられないね。
やっぱり“オールスター患者クラブ”の末席です。
I:セッションもされたんですか。
A:お宅でしたというか、お酒飲んで騒いでドラムのシンバル投げてたりした人もいましたね。若い頃なんでね。
先生のところにはピアノはあったんだっけな?茶色いピアノかぁ、僕も触っていると思いますがきちんと入会して入院したことがないので、その後どうなっていくのか聞き伝いなんですがね。
治りかけの人が楽器を弾いたりしているのを内田先生がニコニコ見ながら、同時に録音をされている。これは貴重なものですよね。
H:僕はけっこうスポーツの方で。
先生は富士スピードウェイに行ってA級ライセンスを取って、レースに出てるんですよね。優勝したこともあるんですよ。
スポーツマンの先生ってことでよく覚えていますけど。
その後でゴルフをやり始めて僕達しょっちゅう中日クラウンズをやる和合とか藤岡とか、色んなクラブに行って、(渡辺)貞夫さんと先生と誰かとかで周ったこともあるし、コンペもやったことがあるし。
スポーツマンの先生っていうのは熱心で努力家ですから、めきめき腕を上げてシングルになって、まいったなぁと思って負けていましたけどね。今だったら勝てるけどね。
I:内田先生にメッセージをお願いします。
H:とにかく下半身が弱っているってことなので歩くのが大変です。
本当はお酒を朝から飲まないで夜だけ飲むようにしてもらって、それも何本って決めて散歩に行ってもらいたいですね。
散歩を45分くらいすると皮下脂肪が燃焼する時間ですから、50分から1時間軽く岡崎城なんか登ってみたり色んなことしてもらって、それでreadyになったらゴルフ場に復活してもらいたい。まだまだ若いですから。
そこがちょっと心配なんです。だから先生頼みますよ。お願いしますよ。
Y:ベルリンもそうですけど、色々な所にパッと現れて下さるんですが、あの笑顔と「やあやあ」というお姿があると、内田先生だ、と昔からの時間がパッと蘇ってさぁやるぞっていう気持ちにもなります。
日野くんのお医者さんとしてのアドバイスも頂いて、これからも何度も何度もお顔を見せて頂きたいと思います。
H:サプリメントとってるのかなぁ?やっぱりカルシウム、マグネシウム、あのへんを取ってもらいたいね。
Y:君の方が詳しいね。
H:もはや僕の方が医者だね。あの人から免許取り上げないといけないね。(笑)
Y:朝から(飲む)なんて(落語家の)古今亭志ん朝の域に入ってるんじゃないかな?
H:境地にね。ジャズ漫談とか(ジャズ)落語とかやってもらおうかね。
Y:内田先生の知ってる話っていったら、何時間話しても面白い話がたくさんだよね。
I:それでは「ジャズの街 岡崎」を目指す岡崎市民に向けて一言お願いします。
H:サプリメントを取ってもらって散歩してもらって岡崎城に登んなさい。(笑)
I:先日の市民まつりのジャズのイベントは大成功だったんですよ。
そういったことからジャズの街という岡崎を発信していきたいのでお話をお願いします。
Y:岡崎が今度のジャズのイベントで大成功しているっていう話をことは方々で聞いて嬉しいですが、やはりそうかっていうのは、日本中、世界中、さっきステージで日野さんが言ってたけどセロニアス・モンクと岡崎の内田先生の家で会ったって言うじゃない?そんな凄いことが起きる人が岡崎に住んでいて長年の間本当にすごい情熱でジャズとジャズマンを愛し続けた。
これが岡崎の街の人々にじわじわと染み込んでいっている。
世代から世代へこういう人がいるってことが伝えられているということです。それから我々世界中のジャズマンからすれば「ドクター内田、岡崎」って言ったらああそうだ、とすぐに話ができるわけですよ。
日本人だったら、いつ行った?とか、どんな病気?とかその時先生飲んでた?とか、すぐにジャズマンの中で必ずインターナショナルにできるエピソードの対象なんですよ。これは岡崎の大変な財産だと思う。
これを中心にしてミュージアムをつくってジャズを広めていこうっていうのは正しいことだし、当然のことだし、成功するに間違いないと思います。
H:先輩が全部喋ってくれたから言うことないんだけど、街の一人一人がサポートしていくことが大切で、“Continue”続けることに意味がある。
今だけ今年成功しても、これが10年、20年、30年経ってもまだ岡崎がジャズの街と言われ続けてもらいたいじゃないですか。
それには僕たちもコストダウンして来るとか、何とかして出演するとか。
Y:おいおい、そりゃ困ったなぁ。
H:それはマネージャーに任しておくけど、そのくらいの気持ちで一生懸命僕たちも努力するんで、街の人達がそれ以上に誇りを持って、ジャズで街が活性化して売り上げも上がるんだから、そう思ってやってもらいたいと思いますね。
Y:岡崎で良いと言われれば大丈夫だっていうステータスまで与えられるような素晴らしい聞き手が育っていくことになったら、ますますすごい街になるよね。
H:それと岡崎ジャズコンテストが行われてね、それに出たら、すごいなって感じになるとかね。
Y:ちょっとすごいなって風になるといいね。
I:ありがとうございました。
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