先入観なしに聴いてほしい
 今は本当にいろんな音楽があるので、「この音楽はこういうものだ」とか、決めつけないほうがいいと思います。最近はいろんな音楽の境界線がなくなってきていますし。ジャズといってもその中にもジャンルがあるし、クラシック、ポップス、民族音楽といろんな音楽があって、それが今混ざり合っていますから、あまり先入観なしに聴いてほしいです。ジャズと言っただけで「ああ、退屈そう」と思う人もいるかもしれないけど、実際にライヴを聴いたらすごく良かったりするじゃないですか。
だから、僕たちがやっている「※こまっちゃクレズマって何?」と言われても、「さあ、何でしょうね?」って答えます。聴きにきてもらえれば本当に楽しい音楽なんです。私たちは楽しめる方向からクレズマを取り上げています。皆さんもあまりジャンルを決めつけないで、いい音楽を探していただければと思います。

※)梅津和時氏をリーダーとする旅芸人仕様のグループで、クレズマー的な哀愁を帯びた音楽から東欧の民謡、映画音楽、各メンバーのオリジナル曲など多彩なレパートリーを持ち、自らも踊り唄うなどする個性的な音楽集団。


行政とジャズの結びつきについて
 今、岡崎市では様々なジャズコレクションに関連した事業をやっているんですよね。お堅いイメージのある行政がジャズをやることに対してひと言。別に堅くなったっていいと思いますよ。堅い行政をサポートする周りの人間が柔らかくするとか、お互いにうまくバランスが取れていれば物事は進んでいくと思うので。役割や分担を人に押し付けるんじゃなくて、それぞれが「俺はこれがやりたいんだ」って意見を出して、それをまとめたら一番いいんじゃないですか?


世界中から見に来てくれる宝物
 先生が50年以上の歳月をかけて集めたジャズコレクションですから、日本中、いや世界中どこを探してもないようなすばらしいものがたくさんあると思います。それは本当に宝物だと思いますので、ただ大切にするのではなく、皆さんに見せてあげて、聴いてくれるといいと思います。岡崎市だけでなく、日本中、世界中から来てくれるようになると本当にうれしいですね。

内田病院がなくなって残念!
 先生は、いつも「やあ、やあ、梅津君」って感じで肩を叩かれて。その当時、僕はかなり若輩のほうにいましたから。先生の50年の歴史の中でずいぶん後ろのほうにいますので、「ははあ、先生!」って感じですね。それといろいろおごってもいただきました!ありがとうございました。
 先生も相変わらずお酒が強いようですが、私は肝臓が悪くなったら内田病院に行こうと思っていたのに・・・。病院がなくなってしまったので、残念ですよね。あそこがあるから大丈夫だと思っていました。
先生これからも、お若く長生きして、いろんな音楽を聴いてください。まだまだ新しいものを吸収される方だと思うので、期待しております。いつまでもいつまでも、どんどん新しいものを吸収していってください。まだまだ時代は終わりませんからね。


葵博岡崎'87スペシャルオープニングライブにて

梅津和時(うめず かずとき
サックス、クラリネット奏者。国立音楽大学在学中よりプロ活動を開始。1970年代後半『生活向上委員会』、1980年代『D.U.B.ドクトル梅津バンド』『RC SUCCESION』にて不動の人気を得る。平行して他ジャンルとのセッション、レコーディング、企画プロデュースをするなど幅広い活躍を見せる。また、海外のジャズ・フェスティバルにも多数出演し、近年はアジア各国での演奏活動も活発に行っている。


自身の音楽観を語る梅津和時氏


2003年9月6日、こまっちゃクレズマライブ下山村集落センターにて

メッセージ「アーティスト編」TOPHOME.