とても医者にはみえなかったですねえ
 内田先生と会ったのはいつだったかなんて、もうずいぶん昔の話ですからね。先生の話はよく聞いてはいたんだけど、なかなか会う機会がなくって。いつ会ったのか、はっきりと憶えていないんです。もうずいぶんとお互いの憎まれ口を言い合いながら、気がついたらもう30年くらい経っている。そんなところですかね。世の中に凝り固まったジャズファンはたくさんいるけど、彼はとても幅が広くて、なにしろ歯切れがいい。昔からいい人そのもので、とても医者にはみえなかったですね(笑)。

歌も詳しかった先生
 不思議なんだけど、僕は内田先生のコレクションとやらを一度も見たことも聞いたこともないんです。
 「君は楽器のこととかバンドには詳しいかもしれないけど、歌はいまいち弱いよね」なんてことを昔ずいぶん先生に言っていたのを覚えています。先生は「そんなことないよ」なんて反論してましたけど、僕は笑って聞いていました。けれどその後になって、有名なジャズ・シンガーを推薦したりして、日本のジャズ界に貢献されていて、「ああ、歌も詳しかったんだな」って思いましたよ。

ジャズの魅力はアドリブ
 モダン、スイング、デキシーとか、ジャズにはいろんな分類があるけど、それをいちいち区別するのっておかしいと思うんです。ジャズの一番の魅力は「アドリブ」であって、とても自由な音楽であるというところですよね。私はジャズというのは20世紀最大の音楽文化であると言ってもいいと思っています。だから、ジャズのメインストリートはこれからも変わらないと思います。


ジャズを聴いてくれる人たちに…
 若い人たちには、ジャズの分類にとらわれることなく、幅広く聴いてほしいですね。そして、たまには僕のコンサートにも足を運んでくれると嬉しいです(笑)。それから、中高年の人たちには、逆に今の若い人たちのプレイするジャズを聴いてみてほしい。だって全部ひっくるめて同じジャズなんだから。

 最後になっちゃったけど、内田先生!お互いに長生きしましょうね!!

 2003年9月2日に、笈田敏夫さんはがんのため78歳でお亡くなりなりました。
 6月のハママツジャズウィークの際には、北村英治さんとお元気にステージに 立ち、往年の甘い歌声を聴かせて頂きました。また楽屋では、Dr.Jazzと北村英治さん とうれしそうに記念写真を撮られていたのが印象に残ります。 笈田敏夫さんのご冥福を心からお祈りいたします。


笈田敏夫(おいだ としお)
1925年ベルリン生まれ。スイングジャーナル誌の人気投票で男性ジャズ・ヴォーカリスト部門第1位を通算26回という記録を持つ。1995年には長年の活動と日本ジャズ界への貢献に対し勲4等瑞宝賞を受賞。日本ジャズ・ヴォーカルの第一人者。

メッセージ「アーティスト編」TOPHOME.