僕にとっての内田先生
僕がスウェーデンに渡ったのは1980年の2月でしたが、その直前まで、ギター奏者の故高柳昌行氏とお付き合いさせていただいていました。(高柳さんは銀巴里セッションでも演奏され内田先生とは旧知の仲。高柳さんが病気になられた際も、内田先生の病院でお世話になりました。)
内田先生と初めてお目にかかったのは、70年代の中頃、先生がプロデュースされていた名古屋ヤマハ・ジャズ・クラブのコンサートに高柳グループのメンバーとして出演した時でした。先生とお話ししたのは、1983年に高瀬アキさんのスウェーデン・ツアーを行なった頃でしたが、先生に対しては正直な話、日本のジャズ史に残る「銀巴里セッション」等の数々をドキュメントされていた、有名な岡崎の病院長先生という程度の認識しか有りませんでした。その後、80年代後半に高瀬アキさんがベルリンに引っ越され、それを機に彼女をスウェーデンに何度か招きツアーを行ったので、内田先生の事は何回かアキさんから聞いておりました。
1995年から北欧と日本の交流を目的に、スカンジナビアン・コネクションという活動を僕が始めた事が切っ掛けで、直接、先生にご相談させて頂き、先生から色々と助言を頂いた事も有りました。お忙しいにもかかわらず、東京や名古屋の僕達のコンサートに何度も顔を出して下さいました。
ここまで書いて来た様に、先生とは直接お会いしたり、話したりした時間というのは大変短いのですが、他のコンサートとの合間をぬって僕達のコンサートに迄も駆けつけて下さる先生のお姿を見て、先生のジャズに対する熱意には感銘させられています。
先生はジャズの高度な芸術性を理解し、それを様々な形で普及する事にも貢献されてきました。日本の音楽界、取り分けジャズ界にとってはかけがえのない貴重な存在だと思います。
ジャズの歴史を振り返ると、30年代から60年代にかけてダンス音楽としての需要が高かった時期があります。
スウェーデンでも50年代とか60年代に米人サックス奏者スタン・ゲッツやスウェーデンの世界的バリトン・サックス奏者ラーシュ・グリーンといった素晴らしい演奏家達が、スウェーデンの田舎をツアーしたりしましたが、大半はダンスの為の仕事でした。40年代にビーバップが起こり、ジャズが更に音楽的な進化を始めた頃でも、一般の聴衆には、ダンス音楽だった訳です。これはビートルズ等のロックバンドが台頭するまで続きました。日本ではジャズ→シャンソン→ダンスと云った図式で、ジャズは軽音楽としてカテゴリー分けされており、今でもその傾向が日本には大変根強く残っていると思います。
1960年代当時、日本では一部の若いジャズ演奏家達が水面下で「セッション」という名の元に集まり、ジャズの持つ芸術性を追求しようとしていました。その若い音楽家達に着目し録音までされていたのが内田先生です。
ジャズの持つ高度な音楽性・芸術性を当時から理解し、無名な日本のジャズ演奏家達のジャムセッションにその価値を認識していた日本人が何人いたでしょうか?
先生は単なるレコード・コレクターではなく、ジャズの持つ芸術性とか普遍性を愛されているのだと思います。
また困難な状況の中で音楽を追究しようとしている日本のジャズ・ミュージシャンを様々な形で援助されて来たという点でも貴重な存在だと思います。
引退された先生が、ご自分の世界的にも価値の高いジャズレコードのコレクションを岡崎市に寄贈され、岡崎市もそれを受けて、シビックセンター内に立派な資料室を作られました。価値の高いコレクションをポンと寄贈した内田先生も凄いですが、その価値をキッチリと認識し、公共施設として資料館を作られた岡崎市関係者の皆さんも素晴らしいと思います。岡崎市民のみならず、ジャズ愛好家や演奏家達に取っても大変意義の高い事だと思います。
今後、期待したい事、助言について
ジャズというと何となく難解な匂いが漂ってしまうのは事実ですが、それが原因で食わず嫌いでジャズを敬遠している方も多い筈です。まず一人でも多くの方にジャズという単語のイメージを塗り替えて頂きたいのです。レコードであれライブであれ、質の良い素晴らしいアーティストを紹介し、一人でも多くの方に聴いていただくのが一番だと思います。
子供達にはもちろん最初から難解なイメージを持って欲しくはないのですが、それ故に即興を中心としたジャズの魅力・・・というか、音楽の魅力を理解してもらいたいのです。
驚いたことに、子供達はお絵描きに夢中になるのと同じ様に音楽を即興する喜びを味わう事が出来ます。この事は、僕のこれまでの学校コンサート等を通しての経験で、常に強く感じている事です。ともかく若者や子供達へのジャズ振興に重点置くべきです。ジャズという言葉を枕詞にしたり、音楽的な影響をジャズから得て発展した音楽カテゴリーも沢山あるので、その基本である『即興』と云う点に特にあくまでも重点を置き、一人でも多くの若者達や子供達にジャズの魅力を知って頂きたいと願っています。
既にシビックセンターでは、中学生向けの「出前コンサート」や「初心者向けジャズ講座」を行われていると云う事ですが、大変意義の有る事だと思います。
また、シビックセンターの「コロネット」は、素晴らしいコンサートホールですから、もっと頻繁にジャズのコンサートを開いて頂きたいと思います。今後のシビックセンター、内田修ジャズ・コレクションのご活躍を期待しております。
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森 泰人(もり やすひと)
コントラバス奏者、 青山学院高等部在学中よりコントラバスの演奏を始め、大学卒業後は数多くの日本のトップジャズプレーヤーと共演する。その後1981年にスウェーデンに移り住み、北欧を中心に現在世界的に活躍中。

ボーヒュースレーンビッグバンド「コロネット」にて。

ベーシストを志す岡崎の中学生と共に。

お互いのベースを持ち替えて練習。
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