今岡友美(vo)、浜崎航(ts)、後藤浩二(pf)、野本謙之(b)、佐藤裕幸(ds)
茅葺の里ジャズライブ
18年7月22日(土)

S佐藤裕幸
I:インタビュアー(岡崎市シビックセンター)

I今日のインタビューでは、みなさんにとって内田修先生とはどんな存在なのか、エピソードも含めてご紹介頂ければと思います。

S:岡崎のジャズをここまで広めてくれた大恩人です。僕らのようなアマチュアでも内田先生がいるおかげで、こういった活動ができるんだと思います。昔は僕らがやっているところにプロの有名な方を連れてきてくれて、その方と一緒に演奏させていただいたり、そういった意味では非常に恩を感じています。またこれからもどんどん頑張りますのでよろしくお願いします。

I岡崎は今、ジャズの街ということで売り出そうとしていますが、その岡崎市に何か期待することはありますか。

S:やはり我々アマチュアの活動の場をもっとつくっていただいて、みなさんが気楽に聴きに来られるようにしていただきたいです。せっかくジャズが盛り上がっている真っ最中なので、もっと気楽に来られるような企画をしていただきたいです!


N野本謙之
I:インタビュアー(岡崎市シビックセンター)


Iあなたにとって内田先生とは?

N:岡崎で日本のジャズを支え続けて、この岡崎の地で地道にやっていらっしゃる偉大な人だと思います。やはり内田先生がいらっしゃったおかげで、岡崎のジャズが盛り上がっているのだと思います。我々も先生のところにいろんなミュージシャンが来たときに一緒にセッションをしたり、いろんな恩恵を与えていただきました。大変ありがたく思っています。

Iジャズの街岡崎に何か期待することはありますか?

N:今年は、市や市民団体主催のジャズイベントがたくさんあるんですが、こういうことを地道に続けていただけると、市民の間にもっとジャズが浸透すると思います。そうすれば草の根的な地道な活動がもっと必要になると思いますので、市にもそういったことをどんどんやっていただきたいと思います。


T今岡友美
I:インタビュアー(岡崎市シビックセンター)

Iあなたにとって内田先生とは?

T:私にとっては非常に大きな存在です。どうしてかと言うと、ジャズを歌うきっかけを与えて下さったのが内田先生ですから。それまでジャズって全然知らなかったんですよ。私にとってジャズのお父さんというか、大事な重要な存在なんです。内田先生、今日もみえていましたよね?普段とっても優しい方なのに難しい顔をして聴いてみえるので、すごく緊張して、歌っている時は非常に怖い存在でもあります。

I歌い始めるきっかけだったんですね。

T:私の歌のポップスを聴いて下さって、ジャズを歌ってみたらってお話を下さったのが内田先生なんです。

Iジャズの街岡崎に何か期待することはありますか?

T:あまりジャズって難しく考えないで、今までジャズを愛している方はそのままで、そしてジャズをあまり分からない方は、気楽にジャズに取り組んで一緒に楽しんでいただける機会を作っていただきたいと思います。


G後藤浩二
I:インタビュアー(岡崎市シビックセンター)

Iあなたにとって内田先生とは?

G:今、私は26歳なんですけど……(笑)、間違えた、33歳なんですけど、大学生の頃から名古屋のライブハウスでやっていて、内田先生がちょくちょく来てくれるようになったんです。海外に行った時も、いろいろ紹介してくれたり、いろんな面でお世話になっています。今でもお世話になっていますけど。後藤君が女だったらなぁって、つくづく言われるんですよね。それはいつも言われることです。これからも日本のジャズを支えていって欲しいと思います。

Iそれほど先生が惚れ込んでおられるということですよね?

G:女性だったら(笑)。そのまま性転換しようかと思いました。

Iジャズの街岡崎に何か期待することはありますか。

G:アメリカのN.Y.もそうですが、岡崎市もジャズ専用のホールをつくって頂いて、そこで定期的に国内外問わず頑張っているアーティストを呼んでもらって、ゆくゆくは僕を毎日専属で使ってもらって、雇っていただければなと思います(笑)。まあ、給料は3ケタいきますけど。僕の老後の面倒をみて欲しいな(笑)。期待しています。岡崎では学生時代バイトに来ていたので近親感はありますよ。

I平成20年にオープンする岡崎市図書館交流プラザ(仮称)の中には先生のコレクションを展示するだけでなく、ホールもできますのでぜひいらしていただいて演奏していただければと思います。

G:内田先生のコレクションの場所に僕の檻もつくっていただいて、エサを与えないで下さいみたいな、僕も岡崎市で飼っていただけたらなと思います。


H浜崎 航
I:インタビュアー(岡崎市シビックセンター)

Iあなたにとって内田先生とは?

H:まずいところはカットしてもらえるんですかね? 昨日、私は名古屋の老舗のラブリーというお店で演奏しておりまして、先生はよく聴きに来てくださるんですが、内田先生もみえて。ちょっと久しぶりだったものですから「先生お久しぶりです」って挨拶をしましたら、男はいらんって言われました。というように大変気さくな方です。僕達若手ミュージシャンにも大変目をかけて下さいます。ジャズのこともそうなんですが、僕も一応医師免許を持っていて、医者という面でも後輩にあたります。人生の生き方についてもいろいろためになるお話をいつも聞いています。もちろん先生のもとから巣立っていった素晴らしいミュージシャン達もいっぱいいます。僕もそうなれたら、といつもお話をありがたく聞いております。

Iお医者さんとしても先生にあたるわけですね。

H:僕は先生と違うところは、医者としての仕事はしておりません。ミュージシャンの仕事をしているんですけれども、先生の場合は医者という経済的な基盤がありながらミュージシャンを支援してきたということで素晴らしいなと思っております。

Iジャズの街岡崎に何か期待することはありますか?

H:僕をはじめプロのミュージシャン達は大変経済的に危機に瀕しております。僕も高身長、高学歴、低収入と言われるんですけれども(笑)。この前ライブでMCをしておりましたら、後ろに座っていたドラマーが、俺なんか低身長、低学歴、高血圧だぞなんて言っておりましたけど(笑)。 なんで例えば税金を優遇するとか……。岡崎市は内田先生を軸にしてムーブメントが起こっていて大変素晴らしいと思います。それが全国に波及していろんな場所でムーブメントがどんどん起こってくれば、僕達の活動の場が増えますし、生計もよくなるかな。老後の心配もなくなるかな? それは冗談ですが、ジャズに関わる一人としてジャズの発展を願ってやみません。岡崎市には内田先生を始めとした基盤があるかと思いますので、頑張って頂きたいと思います。僕も頑張ります。