平成8年から平成13年にかけて岡崎美術博物館にて「ジャズの街角シリーズPart1〜3」として3回開催された企画展を紹介します。中でも、当時の日本では滅多に手にすることのできなかった海外の10インチLP盤やモダンジャズ期のオリジナルレコードの展示は、ジャケットデザインを含め歴史的・美術的価値が高く、ジャズファンだけでなく、貴重な音楽文化資料として話題を呼びました。




名 称: 平成10年度企画展
ジャズの街角Part2 〜戦後の日本にさした光〜
主 催: 岡崎市
協 力: ヤマハ株式会社
監 修: 児山紀芳(ジャズ評論家)
期 間: 平成10年9月12日(土)〜10月11日(日)
会 場: マインドスケープ・ミュージアム 岡崎市美術博物館
展示内容: 日本の昭和20年代から、ジャズが再び日本に入ってくるようになった戦後の時代背景をとりあげ、混乱から復興に向けるなかでのジャズ音楽の位置付けと人々の暮らしぶりとの関わりについて紹介し、「内田修ジャズコレクション」の中から、「ヴァーヴ」、「リバーサイド」の2レーベルのオリジナル盤を展示しました。


序「ジャズの系譜」〜その周辺音楽と演奏スタイル・形態
19世紀末、アメリカ南部の労働歌にその源を発するジャズ音楽は、アメリカのニューオリンズを中心にして様々なスタイルに展開していきます。ジャズ史年表を中心に各スタイル別にジャズを解説しました。

<主な展示資料>
ジャズ史年表
各スタイル紹介
ニューオリンズジャズ、スイングジャズ、ビ・バップ、クールジャズ、ウエスト、コーストジャズ、ハードバップ、ファンキージャズ、モードジャズ、フリージャズ、ジャズロック、フュージョン、コンテンポラリージャズなど
試聴コーナー

戦後のジャズと暮らし

ジャズが日本に伝わったのは、戦前にさかのぼりますが、戦時中には、敵性音楽として抑えられていました。戦後になってからの普及は目覚ましく、ひとつの文化としてアメリカのジャズが受け入れられていったのです。その影響は、多くの邦人ジャズプレイヤーの活躍や、ラジオにおける軽音楽番組の登場にも現れています。ここでは、その頃のジャズブームの興隆を取り上げるとともに、その時代背景にある様々な文化、戦後復興期の人々の暮らしぶりに目を向けます。

1)戦後の日本の世相
太平洋戦争が日本の無条件降伏という形で幕を閉じると、人々には、みな平等に民主教育の機会が与えられ、それがジャズの広がった素地につながったと見ることもできるのではないでしょうか。

2)ジャズはアメリカ文化の象徴であった
戦災で焼けのこった真空管ラジオから流れてくる、ジャズを中心とした軽音楽の数々は、戦争が終わって生きている実感をわかせてくれたことでしょう。

3)ジャズは海を越え日本へ
戦後、米軍の指導は、出版・放送の分野にまで徹底して行われました。特にラジオ放送においては、報道等に対する規制とともに、娯楽放送に対する指導があり、ジャズ音楽を広く取り入れた音楽番組などが登場しました。

<主な展示資料>

戦時下の敵性音楽関係資料
進駐軍払下げの蓄音機
Vディスク(進駐軍使用軍慰問用のSP盤)
輸入ジャズ雑誌(メトロノーム誌、ダウンビート誌)
真空管ラジオ(からの音“ジャズ”)
ラジオ放送収録に使われたアメリカ製マイク
ラジオ年鑑

4)ジャズは娯楽に浸透した
戦後、テレビの普及する以前においては、芝居と映画こそが広く庶民に愛された娯楽でした。そして、ジャズ音楽も取り入れられるようにもなり、ダンスホールやジャズ喫茶の出現によって、より広く人々の間に浸透していきます。

<主な展示資料>
ジャズ専門誌(スイングジヤーナル誌)

ジャズ楽譜本(ジャズファン、ジャズの玉手箱、ジャズのリズム)
当時のコンサートのパンフレット(日劇・国際劇場他ジャズプログラム群)


昭和20年代収録のジャズレコード(復刻)
歌謡楽譜群
ジャズ喫茶

内田修ジャズコレクション紹介点
「リバーサイド」のレコードジャケット〔168点〕、「ヴァーヴ」のレコードジャケット〔277点〕を展示しました。





視聴コーナー


ラジオ


テープレコーダー


雑誌


レコード盤


ジャケット展示