

OSAMU UCHIDA JAZZ COLLECTION
内田 修ジャズコレクション11
─モダンジャズピアノの至宝、そのリリシズムとテクニックに脱帽─
佐藤允彦とビル・エバンス
MASAHIKO SATO & BILL EVANS
●期間:2005年8月2日(火)〜12月4日(日)
●前期:2005年8月2日(火)〜10月2日(日)
●後期:2005年10月4日(火)〜12月4日(日)

◆佐藤允彦(1941〜)MASAHIKO SATO
1941年東京生まれ。慶応義塾大学卒業。高校時代からジャズをはじめ、ジョージ川口+1、ミッドナイト・サンズ、稲垣次郎クインテットなどで演奏。1966年から1968年にかけて米国バークリー音楽院に留学し、作・編曲を学ぶ。帰国後の1969年には初のリーダー・アルバム『パラジウム』でスイングジャーナル誌「日本ジャズ賞」受賞。自らの音楽活動のほか、作・編曲家として、また音楽プロデューサーとして国内外で活躍し、国際的にも高い評価を得ているピアニスト。
◆ビル・エバンス(1929〜1980)BILL EVANS 1929年アメリカ・ニュージャージー州生まれ。6歳からピアノ、ヴァイオリン、フルートを学ぶ。10代の頃からピアニストとしての実力をつけ、1956年にリバーサイドから初のリーダー・アルバムを発表。1958年、マイルス・デイビスのバンドにピアニストとして参加。1959年、ポール・モチアン(ドラム)とスコット・ラファロ (ベース)と共にピアノ・トリオを結成。ジャズ史において数少ない白人天才アーティストとしてひときわ異彩を放つ。1980年9月15日死去。
◆レコードジャケット
宮間利之とニューハード『天秤座の詩』
(前期展示)
佐藤が作曲を担当。インタープレイをオーケストラで試みた音楽的実験作品。18人編成の演奏集団がもつエネルギーが最大限に引き出され、インプロヴィゼイションにさまざまな条件を付加するという難しい手法にもニューハードは充分な演奏で応えている。
演奏:宮間利之とニューハード 作曲:佐藤允彦
1970年7月1日 日本コロムビア第1スタジオで録音
佐藤允彦、山下洋輔『ピアノ・デュオ(遇語)』
(前期展示) 佐藤允彦と山下洋輔による「ピアノ・デュオ」の実況録音。山本は佐藤のことを「鋭いフリー・インプロヴァイザー」といい、佐藤は山下のことを「音楽のもつ陰湿さをこれほど鮮やかに断ち割ってしまった男」という。個性的なふたりのピアニストによるめずらしい演奏。
佐藤允彦(ピアノ)、山下洋輔(ピアノ)
1973年12月25日 東京新宿朝日生命ホールで録音
佐藤允彦『観自在 佐藤允彦ソロ・ピアノ -1-』
(前期展示) 『允(ゆん)』『多次元球面』と共に佐藤允彦ピアノ・ソロ三部作のひとつ。『多次元球面』では意識を酷使し、『允(ゆん)』では肉体の極限に挑戦し、『観自在』では無心に弾いたと佐藤は語る。三様に異なる発想と志向、表情を完結させたユニークなシリーズ
佐藤允彦(ピアノ) 1976年4月13、14日 東京渋谷東邦生命ホールで録音
佐藤允彦『オール・イン・オール・アウト』
(後期展示)
佐藤が作曲・編曲。演奏においてはフェンダー・ピアノ、アコースティック・ピアノ、シンセサイザーを使い分け、タイミングや分量を意図してクールに弾きこなす。佐藤の明快なアレンジは魅力ある作曲と相まって小気味よく展開しながらも、ジャズの魅力が色濃く残された作品。
1979年3月ニューヨーク、パワーステーションで録音
佐藤允彦、エディ・ゴメス『シャガール・ブルー』
(後期展示)
ビル・エバンスと10年以上にわたって共演してきたベーシスト、エディ・ゴメスとのデュオ・アルバム。タイトル曲の〈シャガール・ブルー〉はビル・エバンスに捧げられた。佐藤のピアノはビル・エバンスに比べるとよりドライでタッチも強いが、センスの点で共通するところがあり、ゴメスとの密接でスリリングな演奏が聴ける作品。
1980年9月、10月 東京ソニーミュージック信濃町スタジオで録音
ビル・エバンス『ニュー・ジャズ・コンセプションズ』
(後期展示)
Vビル・エバンスの初のリーダー・アルバム。エバンスのピアノは、これまでの黒人派ピアニストたちとはまったく違った知的で繊細な演奏で当時のジャズシーンを魅了した。このアルバムは、彼に及ぼしたミュージシャンたちの影響を感じさせ、彼自身のコンセプションの発展性を暗示した作品。
1956年9月18日、27日 ニューヨークで録音
ビル・エバンス・トリオ『ワルツ・フォー・デビィー』
(前期展示) ビレッジ・ヴァンガードでおこなわれたライブ録音。同じ日に録音された作品に『サンディ・アット・ザ・ビレッジ・ヴァンガード』がある。名コンビであったスコット・ラファロ(ベース)との呼吸がぴったり合った稀に見るスリリングな演奏となっている。このセッションの11日後、ラファロは自動車事故で亡くなった。 1961年6月25日 ニューヨーク、ビレッジ・ヴァンガードで録音
ビル・エバンス・トリオ『ザ・ビル・エバンス・トリオ “ライヴ”』
(後期展示)
スコット・ラファロを失ったエバンスは、1963年になってようやくメンバーを一新させ、トリオを始動。その一年後に収録されたライブ・アルバム。アメリカ西海岸で収録されたリラックスなムード漂う作品。
1964年7月7日、9日 カルフォルニア、ソーサリト、トライデント・クラブで録音
ビル・エバンス&ジム・ホール『インターモデュレーション』
(後期展示)
ビル・エバンスのデュオ・アルバムで相手をつとめたのは3人しかいない。そのひとりであるジム・ホールは、現代ジャズ・ギター界に絶大な影響を及ぼしているパイオニアだが、その名声はこのエバンスとの共演アルバムで決定的となったといえる。二度と再演できない秀作。
1966年4月7日、5月10日 ニュージャージー、イングルウッド・クリフで録音
ビル・エバンス『ホワッツ・ニュー』
(後期展示)
美しいサウンドを奏でる管楽器フルートのイメージを覆したスタイグの野生味あふれる演奏にエバンスも激しく呼応する。リリカルなメロディ・メーカーの顔とは違うエバンスの表現者としての本能を引き出した作品。
ビル・エバンス(ピアノ)、ジェレミー・スタイグ(フルート)、エディ・ゴメス(ベース)、マーティ・モレル(ドラムス)
1969年1月30日、2月3〜5日、3月11日 ニューヨーク、ウェブスター・ホールで録音

関連資料
◆ドラムヘッド
『出演ミュージシャン寄書サイン』 ナゴヤ・ヤマハ・ジャズクラブ20周年記念コンサート
内田修氏を中心に1964年に発足した「ナゴヤ・ヤマハ・ジャズクラブ」は、日本の若手ミュージシャンを数多く紹介し、毎回新鮮で緊張感ある演奏を生んできました。
1984年には、20周年を迎え、記念コンサートが開かれました。これはその時の出演者が、ドラムヘッドにサインを寄書して内田修氏に贈ったもの。
第110回 ナゴヤ・ヤマハ・ジャズクラブ 20周年記念コンサート(1984年4月28日)
出演者: 渡辺貞夫、宮沢昭、坂田明、森剣治、日野皓正、山下洋輔、佐藤允彦、
辛島文雄、高瀬アキ、高柳昌行、渡辺香津美、井野信義、日野元彦、森山威男、
伊藤君子、テープ出演:菊池雅章(順不同)
◆写真
ヤマハ・ジャズ・クラブ100回記念コンサート
1981年10月18日 名古屋ヤマハ・ホール
◆ライナーノーツ
佐藤允彦『AMALGAMATION 〜恍惚の昭和元禄〜』
LTP-9018 LIBERTY (管理番号 1658)
◆レコード
ビル・エバンス『コンプリート・リバーサイド・レコーディング』 録音 1956年9月27日〜1963年5月31日
リバーサイド時代の全リーダーセッションとキャノンボール・アダレイとのセッションを録音順に完全収録。18枚組。

ジャケット展示に関係するCDを揃えました。→詳しくはCLICK
|