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ジャズ講座(幻のプライベートテープを聴く)

レポーターはBlue Wave Jazz Forumの辰巳百合子です。
2008年09月27日


中牟礼貞則氏

私が今日の講師、中牟礼貞則氏のお名前を初めて知ったのは知人から借りて読んだ「ジャズが若かったころ(内田修著、昌文社)」の中だった。 既に返却してしまったので確認出来ないが、その中に確か、銀巴里セッションの当時のプログラムが掲載されていて、日野晧正、山下洋輔、富樫雅彦、高柳昌行らと共にギター中牟礼貞則となっていた。

午前11時、シビックセンター3階 のエレベーターが開いて颯爽と現れた男性。ああ、この方が中牟礼さんなんだ…と思うと妙に嬉しくなった。黒いシャツがお似合いだ。
到着するや休憩もせずに持参のアンプをセット。家を出る5分前に持って来る事を決めたというアンプはちょうど昔のラジオを大きくした形。上部に取っ手が付いている。前面のほら、ここのGibsonの文字のnが取れちゃってギブソになってるでしょ、なんて話しながら、ミュージシャンは片手にギター、片手にアンプを持って歩くのでこういうトランク型が良かった、と教えてくれた。

ジャズファンが90人余

今回も応募者多数に付き抽選だったと聞く。開場1時間前にはラッキーな方々が集まり始めた。毎回のように会場にお越しくださる方が親しく声をかけてくれる。 岡崎市の柴田澄江さんも常連のお一人「ジャズを聴き始めたのは10代の頃、名古屋のブルーノートでよく聴いた。
ジャズの街岡崎をもっと大きくするためには子供の頃からジャズを聴かせて音楽性や感性を高める事が重要だと思う」
太田修さんは「学生時代から勉強の傍ら聴いてるから・・もう何十年も経つね。コルトレーンが好きだけど、もちろん、日本のミュージシャンもいいね。秋吉敏子さんもまた聴いてみたい」 
森田さんは「ステキなジャズ仲間のお蔭」 
岡崎には日本のジャズの黎明期からずっと聴いてらっしゃる方が大勢いるのだ。

右側より森田さん、太田さん、柴田さん

幻の銀巴里セッション

午後3時より講座開始。中牟礼氏は1933年に鹿児島で生れて旧制中学1年生で終戦、雑音混じりのラジオでジャズを聴いたそうだ。当時はチャーリークリスチャンの演奏スタイルが大変モダンだったとか。本日のナビゲーター山東さんとのお喋りも弾む。
テープより1曲目「S’Posin」当時のキャバレーはダンス音楽ばかりだったので我々が行ってジャズを演奏したんだよ。一度演奏したらジャズばっかりやっていたので客はなんて長い曲だろうと思っただろうね。
二曲目「Bye Bye Blackbird」。あの当時は昼間だったので客は学生とかジャズを勉強したい人だった。

会場のお客さんは男性女性ほぼ同数。しっとりした大人の雰囲気が漂うせいかやや年配の方が多いようだ。が、その中に小学生がふたりいた。
名古屋市の臼井真一さん親子「妻が内田先生の活動に関心があったせいか、ジャズも家族揃って自然に 聴くようになった。好きなのはサックスだけど演奏するならギターがいいかな」。ふたりのお子さんに、ジャズはどう?と尋ねると、「楽しい!」と返って来た。

臼井さん親子

ソロライブ

午後4時より開始。ご自慢のアンプは1953年、ギターは1956年のもの、アンプもギターも古い、演奏する人はもっと古い・・なんて言って中牟礼氏が笑わせる。
「あの当時、ミュージシャンは演奏中あまり喋らなかった。曲のタイトルも言わなかった。今は演奏の仕方がかわって来て派手なパフォーマンスでお客さんと一体化している。私もほとんど喋らない時代を生きてきたが、そういうのも興味が持てるようになった。人前で話す時はその場の雰囲気を大切に自然な感じになるように、音も細工せずギター本来の音色を楽しんでもらえるよう心がけている」
音楽に対してはもちろん生き方に関してもポリシーがある、とJ-mama’zの内田さん。

1曲目はブルースで「Old Folks」
4曲目の「My Funny Valentine」はゆったり演奏する人が多い中で中牟礼氏は少し早く演奏する。 あ、この曲なら知ってる!と体でリズムを取る人がいた。
エンディング「Two Degrees East Three Degrees West」はナマのギターの音色がすーっと心に沁みて行くような心地よさがあった。ブルースの好きな人にはたまらない名曲だろう。

岡崎市シビックセンターで行われる内田修コレクション活用事業としては今日が最後となる。6年間に延べ40回、2万人の方に参加していただいた。しかし、これは序章であって11月にりぶらへ移転後、更に10年、100年、1000年とこのコレクションを核としたつながりは果てしなく続くものと確信している(シビックセンター小野氏談)。私も今後はりぶらという大舞台でどんなジャズの物語が展開されていくのか、観客の一人、時にはボランティアスタッフの一人として、おおいに期待し楽しみたいと思っている。

地方での演奏を終えて帰宅すると中牟礼氏の奥様はいつも「今日はどうだった?どんなお客様だった?」と聞いてくるそうだ。今日の様子をどのように奥様に説明するだろう。「内田先生の故郷は熱かったよ。人もジャズも・・・」なんて言ってくれたら嬉しいけれど。