ジャズ関連書籍、その数およそ2,200冊。主なもの、『ダウンビート』(アメリカ版)480冊、『ダウンビート』(日本語版)31冊、『メトロノーム』(アメリカ版)78冊、国内版『ジャズジャーナル』181冊、『ジャズライフ』136冊、『ジャズマンスリー』129冊、そして国内最大手出版物の『スイングジャーナル』526冊など膨大なジャズ専門誌がコレクションされています。

 月刊誌なら年間12冊の出版物ですから、長大なジャズの歴史を腑瞰することができる数量です。とくに国内長寿命を誇る『スイングジャーナル』は創刊1947年6月以来750冊を越え発行されており、第2次世界大戦直後の混乱期にスタート。まさに日本の戦後のジャズ史を記録してきた貴重な資料といえるでしょう。その創刊号から一部欠品を除き大部分の冊数が揃っているということは驚くべきことです。

 さらにアメリカで発行された『ダウンビート』は、戦後当時のアメリカにおけるジャズの動向をいち早く知ろうと内田氏が輸入、定期購入をしたもので1950年代から1960年代の状況が手にとるように分かる貴重な文献です。

 いずれの資料も今後20世紀後半のジャズを知るための貴重な文化的財産です。


↑『スイングジャーナル』創刊号と1949年10月〜12月号


 このコレクションで何と言っても圧巻なのは、1947年発刊以来、わが国のジャズの推移を記録してきた『スイングジャーナル』が創刊号から揃っていることです。現在、出版元であるスイングジャーナル社以外残っていないかも知れません。

 また、さらに驚くべきことは、円=ドル・レートが360円でだった1950年代、内田氏は当時まだほんの一部の人しか知らなかったアメリカのジャズ誌『ダウンビート』をいち早く輸入し、アメリカの最新のジャズ情報、とくに新譜レコード情報をもとに新譜の海外オーダーを行って入手していたということです。


 今でこそ、高度情報社会のおかげで、その気になれば世界の情報を直ちに入手することが可能となり、あらゆるジャンルでジャズのことを知ることができます。しかし、1940〜1950年代には、ジャズのことを知ろうしても、よほどのチャンスに恵まれないと知ることはできませんでした。
そのような環境下で医学生だった内田氏は進駐軍のラジオ放送でジャズの魅力にとりつかれました。そして第二次世界大戦終了をうけて、国内の主要都市に設けられたアメリカン・カルチャー・センターで格好のジャズ入門書に出会い、書物からジャズの何たるかを知ることになります。それは、ベルギーのジャズ研究家ロベール・ゴーファンが著した『ジャズ』という本でした。
貸本を読むだけでは覚え切れないということで、内田氏は何回にも分けて英文書の『ジャズ』を借り出し、今のようにコピー機がない時代だったため、大学ノートに丹念に書き写したそうです。そんなジャズへの熱心さがその後のドクター・ジャズをつくっているのです。



↑『ダウンビート』アメリカ版
(1950年11月号他)


↑『メトロノーム』アメリカ版
(1951年1月号他)


↑『ジャズライフ』創刊号
(1977年11月号他)


↑『ジャズマンスリー』アメリカ版
(1960年3月号他)

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