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KIMIKO KASAI IN PERSON/ 笠井紀美子

“笠井紀美子への期待をこめて”

(1)「ベブ・ケリイ」をめぐって―――:

  いきなり妙な名前を出だしにつかったりして変に思われるかもしれないが笠井紀美子と言う歌手にすごく親しみを感ずる様になったきっかけとなった名前だから、その辺の事柄から、このお話をはじめてみよう。
 大体、通(つう)といわれるジャズ・ファン共通の性癖だが、他人の知らぬ名前を持ち出して得意になる傾向がある。だから「ベブ・ケリイ」などという固有名詞で通ぶるのは、我ながら一寸いやみな気がするのだけれど、新しいジャズ・ファンが知らなくっても少しも恥ずかしくない、もうとっくに忘れられた存在と言っても良い人なのだ。
 何時の号だったが覚えはないが、大分前にスイング・ジャーナルからアンケートが来た事がある。その質問の一つに「最もくつろいだ時に聴くレコードは」というのがあり、私は思いつくま丶に「ベブ・ケリイ」と答えた訳だ。一瞬、「一寸きざかな」と気弱な事も考えたけれど、「正直な答えだからいヽじゃないか」という方が勝って、そう返事をしておいた。
 その後、機会があって笠井紀美子に会った時、いきなり彼女はこう言ったのだ。『先生(これは私が外科医を本職としているので、そう呼ばれるのだが)の所には、ジャズ・ヴォーカルのLPが沢山あるって聞いたんだけれど、ベブ・ケリイのレコードありますか。あの人、私大好きなんだけれど―――』これには、私も心臓がぎゅーとなるほどびっくりして、「ある所か、僕も大好きなんだ。嬉しい事を言ってくれるねー」という次第で、一遍に意気投合してしまったのだ。
 どんなコレクターでもそうだと思うのだけれど、一時期ひとつの傾向のもの(例えば、バップとか、ヴォーカルとか)に熱中して、集中的にあさる時がある筈だ。私も、およそ10年程前、めったやたらにヴォーカルを集めた時期がある。初めは、Schwannのカタログを隅から隅迄、チェックしながら、注文して行ったのだけれど、それが種切れになってしまうと、次はレコード店を訪ね歩いて、ほじくりまわす様に探したものだ。その内に銀座にあった在日アメリカ人向けのスーパーみたいな店の片隅に、意外な掘り出し物があるのが分って、上京の度にのぞいて見たりしていた。勿論名前も知らぬ訳の分らぬ歌手が殆んどだが、それを、ちょっぴり試聴して、すごいジャズ・フィーリングを持つ歌手を見つけたりすると、内心しめしめと思って買い求めて悦に入るのだ。そんな中に、今お話の「ベブ・ケリイ」があったのだから、いきなり、彼女の名前を出されて、びっくりするやら、喜ぶやらという次第になる。
 さて、こヽで解説めいて、「ベブ・ケリイ」を簡単に御紹介すると、彼女は1934年、オハイオ州の小さな町に生れている。シンシナティ音楽院で正規の音楽(ピアノと声楽)を修得した後、シカゴを中心にクラブ出演する様になったが、有名な「ミスター・ケリー」などというジャズ・ヴォーカルのライブ録音で知られる店に出る様になって認められ、1959年と翌60年の2回に互ってリヴァーサイド盤に吹込むチャンスが生れた。それが問題の、現在残される2枚で、
(1)“Love Locked Out” (RLP 328)
(2)“In Person”       (RLP 345)
である。どちらも粋なバックで(1)はサラ・ヴォーンの伴奏で定評のあるピアノのジミー・ジョーンズをリーダーに、M.ヒントン、O.ジョンソン、K.バレルのカルテットに加えて、J.リチャードソン、H.エディソン更にR.ヘインズ等の顔が見え、(2)では現在ヨーロッパに移ったポニー・ポインデクスター・カルテットがつき合っている。ジャケットを見ると、当時25才のベブは、白人らしいが、かなりの美人でもある。所が歌の方は、黒人とまごう程で声の質も、リズムの乗りも現在のケメコ(笠井紀美子の愛称だから、こう呼んだ方がぴったりする)と何か共通した所がある。選曲は(1)では、やヽ疑っていて、あまりなじみはないが、(2)はクラブ録音だけに知った曲が中心になっている。
どうも私の悪い癖で、脱線し出すとなかなか止らないが、ともかく当時のリヴァーサイドといえば、ハード・バップの傑作を次々に送り出した頃だから、この会社から、いきなりレコードを出すのは大変な認められ方だった事は、お分り頂けよう。だから、L.フェザーのジャズ百科事典にもS.J.誌の「人名辞典」にも、更には「ジャズ・ヴォーカル読本」にも彼女の名前が見当たらないのは「一体どうなってんの」といいたくなってしまう。
 そんな訳で、ケメコが「ベブ・ケリーが好きなんだ」などと言ってくれると、この子はきっと、すごく勉強しているんだなと思ってしまうのだ。
 「ベブ・ケリー」の方は、その2枚を出しただけで正に幻の彼方に消えてしまい、その後の消息は全く分らない。きっと家庭の主婦にでも収まって、のんびり歌を口ずさむ方を選んでしまったのだろう。
 所がケメコは、ベブと同じ25才頃、めきめきと頭角を現わして、日本のトップ・ヴォーカリストに躍り出ると共に家庭の方も、ちゃんと主婦(あんまり、ぴったりしたイメージではないけれど)らしくつとめ乍ら、近年ますます脂が乗って来た感じが強い。そのあたりの事を次に述べて見よう。

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