(I)チャーリー・パーカーを初めて聴いたのは―
パーカーについて、何事であれ物を書くというのは大変重荷である。特にビバップと共にジャズ愛好の道に入ったと言って良い私にとって、彼は既に偶像化された存在として固定しており、それをあらためて引出して、いくらかでも客観的に考察する事は不可能に近い。即ち私にとってパーカーはジャズという音楽の核の様なものであり、すべての嗜好がそこを原点としていると言っても過言ではない程だからだ。その上、既に現在では伝説化されたパーカーの生活人間性を含めて、その残されたレコードについての文献的なものは膨大な量であり、この機会に手当り次第読み返してみて、今更つけ加える何物もない事を痛感するばかりであった。
幸いといおうかこのC.パーカー・ストーリーの企画に当ったディレクター氏の意向は、「個人的に見たC.パーカー観」を共通テーマとして、頭に持って来る様にとの事であった。勿論個人的体験というものは、時として鼻持ちならぬものになり勝ちなのは充分承知しているが、私自身は、先輩や同好の仲間達が書かれた「ジャズを好きになった理由」とか「レコード・コレクションの苦心談」などを読むのは大変興味があるし又好きでもある。そんな事を理由にして、以下パーカーを初めて聴いた時の事や彼のレコードを初めて入手した時の想い出等を断片的に綴る事にする訳だが、そんな話の中から自然私の個人的パーカー観がにじみ出てくれれば、望外な幸わせなのである。
さて先程触れた様にジャズに興味を持ち出した頃、対称となったのは、ビバップであったのだが、正確には必ずしもそういう訳でもなく、最初にジャズだと考えていた類いのものは、戦後同もなくFEN(進駐軍放送)から流れていた所謂スイングであった。それ迄クラシック音楽しか身近に聴けなかった私にとって、この種の音楽は快適で何とも楽しいものであった。そして、とかく知識を求めたがる学生の常として、早速アメリカ文化センターで探して来た本が、ロベール・ゴーファンの「ジャズ――コンゴからメトロポリタン迄」とか、レオナード・フェザーの「インサイド・ビバップ」等であった。これ等を知識欲にまかせて読みふけったり、手書きでコピイ迄する中に、自然に頭の中では「オール・アメリカン・ジャズ・オール・スターズ」がライン・アップ出来る程になったのだが、いかんせん肝腎のレコードそのものがなかなか入手出来る時代ではなかった。(1950年頃であり、LPの国内プレスがなかった頃の話である)