(1)レコーディングのきっかけは
「トリオレコード」から送られてきた10吋リールの録音テープの裏側には英文タイプの録音データが丁寧に記載されている。それによるとLPになって発売されるときは「日野元彦」の名で、出る手筈になっている様だ。そうするとこのアルバムは、僕の記憶に間違いなければ、76年2月北海道根室でのライブ「流氷」(TBM−61)に続く元彦のリーダー・レコードという事になる。
所で、テープ到着後間もなく吹込みをプロデュースした「トリオ」の稲岡ディレクターから、このレコード制作を意図したきっかけを説明するお手紙を頂いた。そこで先づそのあたりの事情を紹介してみよう。
77年春、日野元彦の活動を陰から支えてきた有能な横井マネージャーは新宿のジャズ・クラブ「ピット・イン」を舞台に、とてもユニークな催しを企画した。それが「日野元彦と三人のピアニスト」と題する三夜にわたる連続コンサートであった。(尚、別の機会には「三人のギタリストとの共演」も企画実行されている。)「ピアノ・トリオ」の形式で行われたこのセッションに招かれたのは、佐野允彦、山本剛、板橋文夫とベーシストの井野信義だった。この催しは、連日超満員の盛況で「ピット・イン」は久し振りに大変な熱気に包まれたという。
この成功に注目した「トリオ」側は、三人のピアニストの内、佐藤允彦によるセッションをレコード化する事に決定し、あらためてこのトリオによる「ピット・イン」でのライブを追加した所、立見客であふれる程の反響を呼んだとの事だ。「ピット・イン」では「セント・トーマス」、「スカボロフェア」、「ストレート・ノー・チェイサー」、「マイ・フェイバリット・シングス」、「夜は千の眼をもつ」等々、なじみ深い曲目が選ばれた点も親しみを呼び、今回のレコーディングにも、そのうちの二曲が再びとりあげられた訳だ。
このトリオを形成した三人のミュージシャン相互の結びつきについてはあとで今少し詳しく触れるつもりだが、「佐野−富樫雅彦」というコラボレーションはごく自然に受け入れても、「佐野−日野元彦」というのは、ある種の違和感みたいなものを感じとられるかも知れない。つまり一般的な概念として佐野允彦は「フリー・ミュージック」の立場にあり、一方の日野元彦は「オーソドックスな行き方」を基盤としているという風に受け止められ勝ちだからだ。勿論、これが単なる先入観に過ぎないのは、実際に彼等の演奏を聞いて頂ければ忽ちお分かりになる筈だ。それ程、彼等三人によって収められた演奏は、臨時編成とはとても考えられぬ程の完璧な強調を示して驚かされるのである。
なかでもこの吹込みに格別の熱意を見せた佐藤二曲のオリジナル「オーバーハング・ブルース」とタイトル曲「フラッシュ」を用意した。そして別の機会に設定された「アン・ミュージック・スクール」(ここで佐藤と日野は講師をつとめている)での音合わせでは、M・ルグランの「ワンス・アポン・ア・サマータイム」とP・マッカートニーの「ノルウェーの森」という興味ある二つの佳曲を加えられる事が合意に達したという。こうして選ばれた六曲は、変化に富みながらも、バランスの良い選曲であり、僕自身何度聴きなおしても、耳に親しみ易く飽きの来ない作品と感心している次第なのだ。