「葵博 岡崎'87」ジャズスペシャルナイトでの日野元彦。
日野元彦がドクターズ・スタジオに持ち込んだパールのドラムセット。
日野元彦「TOKO 〜 Motohiko Hino Quartet at Nemu Jazz Inn 〜」1975年
「日野兄弟」小野日佐子:画
ぼくがトコちゃん(日野元彦)に初めて会ったのは、1962年頃、銀座にあったシャンソン喫茶「銀巴里」だった。トコちゃんはね、まだ高校に入ったばかりの少年だったよ。当時、「銀巴里」では、毎週金曜日の午後、「フライデー・ジャズ・コーナー」と称して、新世紀音楽研究所(主宰:高柳昌行・金井英人)の勉強会セッションが行われていた。ぼくは演奏が終わると、よく富樫雅彦を連れて、ご飯を食べに行ったんだけど、トコちゃんと小津昌彦が勝手について来るんだ。彼らはドラマーとして、富樫雅彦を尊敬していて、いつも一緒に居たがった。食事中、富樫が何かを思い出して、急にテーブル上で、指でリズムを刻んだりすると、トコちゃんたちは箸を持って、すぐその指の動きを真似するんだ。うまくなりたくてね、富樫の一挙手一投足を常に見つめていた。すごく熱心だったね。 トコちゃんは、富樫と同じで初めから抜群にリズム感がよかったね。「ヤマハ・ジャズ・クラブ」にもたくさん出てもらったね。150回の内、何と27回も出演してくれたよ。初めてトコちゃんが、「ヤマハ・ジャズ・クラブ」に出たのは、1965年10月5日、第11回の例会だった。トコちゃんはまだ19歳で、稲垣次郎カルテットのメンバーとして出演した。これが、ぼくが初めてトコちゃんの演奏をちゃんと聞いた時だね。中々たいした演奏でね、ぼくはすっかり感心したよ。そうそう、1984年のある日、トコちゃん(当時38歳)が、急に「19歳の時の演奏が聞きたい!」って言い出して、当時のテープを聞かせてあげたんだ。ミュージシャンは、通常過去の演奏を恥ずかしいと言って、昔の演奏を聞きたがらないものなんだけどね。トコちゃんは、研究熱心だから少しみんなと違うんだ。それを聞いてね、「割合ちゃんと叩いているんで安心しました。ひょっとすると今よりうまかったんじゃないかなあ」と冗談交じりに言ってたよ。 忘れられないのは、ぼくの病院に3ヶ月間入院していたことだね。1976年秋、トコちゃんは、お兄さん皓正のバンド・メンバーとして欧州ツアーに参加していたんだけど、腰痛が悪化して、脂汗を流しながら我慢して演奏していたんだけど、あまりの痛みに耐えかねず、とうとうステージで失神して倒れてしまったんだ。それで急遽帰国して、ぼくの病院に緊急入院したんだ。ぼくは東海一の医師を連れて来て、腰椎椎間板ヘルニアの手術を即刻行った。当時は背中を開いて軟骨を取り除く手術方法だったので、術後3週間はギブスベット(亀の甲羅のような形をしている)を付け固定し、寝返りも出来なかった。 1ヶ月経ち、トコちゃんは徐々にリハビリを開始したんだ。ドラムの練習もこっそり始めてね。ある日、驚いたよ。診察中にぶ厚い防音の壁を突き抜けてくる不思議な振動を感じたんだ。トコちゃんがドラムを叩いていたんだ。もうビックリしたよ。後にも先にも完全防音のスタジオを突き抜けて振動を感じさせたのは、トコちゃんだけさ。それから時々ね、診察中に振動を感じると「おぅ、やっとるな」と思ったよ。3ヶ月経ったら、完全復活して無事東京へ帰って行った。お礼にね、パールのドラムを送って来たよ。 ぼくは、こう思う。この3ヶ月間の思うようにドラムを叩けない辛さ、もどかしさ、復活するための努力がトコちゃんの人間性を大きく成長させた。それからトコちゃんは一回り大きなミュージシャンになったね。 それから彼が1992年から2年間(第1期)、毎月1回、新宿ピットインの深夜に行った伝説の「クラブ・トコ・セッション」は、若手の紹介、大物ベテランとの共演と研鑚の場の提供という意味で、日本のジャズ史上忘れてはならない偉業だと思う。ここから今活躍する若手たちがどんどん育っていったんだ。五十嵐一生、納浩一、つづらのあつし、宮本大路、三木俊雄、大西順子、原朋直、クリヤマコト、布川俊樹、椎名豊、俵山昌之、吉岡秀晃、多田誠司、山田穣、川嶋哲郎、村田陽一、守屋純子、大石学等々今思えばすごいメンバーが毎回出演していたね。トコちゃんは、最後には「日本のアート・ブレイキー」のような存在になったね。トコちゃんは、本当に若い時からプロとして活動してきているから、自分が成長するために、ジャム・セッションのような他流試合にたくさん参加してきた。だからこそテクニックはあっても、妙に自分たちの殻にこもってしまう若手たちが、きっと歯がゆくてしょうがなかったんだと思う。実際にステージで共演して手合わせすることから得ることが出来る貴重なものを伝えたかったんだろうね。だからトコちゃんの偉大さは、彼の見開いた「日本のジャズ界の21世紀」への視点と素晴らしい実行力にあると思う。彼の優しい笑顔と彼が走った足跡を、僕は決して忘れないよ。トコちゃん、ありがとう!
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